スティーブン・ユニバース ザ・ムービー レビュー : 生まれ変わっても元の自分に戻るのか?
スティーブン・ユニバース ザ・ムービー (原題 : Steven Universe The Movie)は、米国カートゥーンネットワークで2019年9月に初回放送されたテレビ映画です。ついに先日、日本でも字幕版として配信サービス ブーメラン限定で初放送されました。本編シリーズの後を受けていわば続編として製作された本作品は、シリーズ最終回とはまた異なった魅力のある作品に仕上がっています。
本レビューでは、ほとんど本作の主人公であるスピネルのキャラクター造形と、彼女の存在が表す意味、そしてシリーズの主人公であるスティーブンがテレビシリーズ最終回 "Change Your Mind"を経てどう"変化"したのかを僕なりに書いていきます。
完全にネタバレになりますので、未見の方は次の放送回をご覧になってから読んでくださいね。
放送予定、ネタバレなし紹介リンク↓
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<目次>
- スピネル : 庭園に忘れられたお人形
- ミュージカル : 最高の楽曲たち
- 記憶を呼び覚ますストーリー : 生まれ変わっても元の自分に戻るのか?
- なぜスピネルは救済されないのか?
- 彼女は最後、複雑な表情を浮かべた
スピネル : 庭園に忘れられたお人形
本作のヴィランであるスピネル、その宝石自体は大昔から用いられてきました。しかし長い間、ルビーやサファイアと肉眼では判別できない程似ていることから、混同されてきた石です。歴史上で有名なのはイギリス王室の王冠「黒太子のルビー」が、実はルビーではなくレッドスピネルだったと言う話があります。その為、石にまつわる伝説もありません。産地が限定されており、産出量も多くないので実はルビーより希少な石であるに関わらず、このような背景から「偽物」と言う嬉しくないイメージがある為、人気や知名度が低く、比較的安価に手に入る石、だそう。
ずっと昔から存在してきたのに存在を知られていなかった宝石、偽物•••本作のスピネルそのものですね。
そんな古いジェムであるスピネルのヴィジュアルは、クラシックな1930年代のカートゥーン調(制作者によるとベティ・ブープ風だそう)な過去の姿と、少し日本のアニメ風にアレンジされた現代の姿が特徴的です。
スピネルのキャラクター造形について、監督のレベッカ・シュガーさんはアートブック“Art of Steven Universe The Movie”の中でこう述べてます。
Spinel is also based on a stuffed animal that I left in the garden when I was a kid. I found it months later, lying on its back. It was a black rabbit, but because it had been left out in the sun, its belly had faded to a light gray. It wasn't better or worse, just different. It was the first moment I realized that things could change without me, even if they stayed completely still.
スピネルの元となったのは子供の頃に庭園に忘れたしまった動物のぬいぐるみです。数ヶ月後、仰向けになっているところを見つけました。黒いウサギのぬいぐるみでしたが、日光で色褪せてお腹が灰色になってました。良くも悪くもなく、ただ変わってました。これが、私が何もしなくても、完全にそのままでも、物事が変わり得ることに気づいた最初の瞬間でした。
(中略)
I suppose I still feel guilty for being so careless with something I thought I loved so much.
大切だったものに対して不注意だったことに、今も罪悪感を覚えています。
〜”The Art of Steven Universe The Movie” より
子供が無くしてしまった大切なもののお話ーーは実に情感を揺さぶる、ある意味で定番の設定ですよね。僕は児童書『ルドルフとイッパイアッテナ』(斉藤洋 著)、それもNHK教育で放送していた紙芝居風のアニメ(クロネコヤマトのCMでお馴染み?の堀口忠彦さんが絵を担当してました)で人生最初にガツンとやられた設定という思い出があります。最近ではピクサーの”トイストーリー3”でもこんな話がありましたよね。
しかしレベッカ・シュガーは彼女の持ち味を存分に活かし、スピネルを非常に嫉妬深く、疑い深く、依存的で、感傷的な、ものすごいウェットなキャラクターとして創造しました。
スピネルが庭園に戻り、歌い出す”Drift Away”の場面はちょっと込み上げる物があります。
Drift away
Happily waiting, all on my own,
Under the endless sky
Counting the seconds, standing alone,
As thousands of years go by
幸せに待ってた 私1人で
果てしなく続く空の下で
時間を数えて 1人で立ってた
何千年も経つにつれてHappily wondering, night after night,
Is this how it works? Am I doing it right?
Happy to listen, happy to stay,
Happily watching her dri-i-ift away
幸せに想像した 毎晩毎晩
できてるかな? ちゃんとやれてるのかな?
幸せに聞き 幸せに待ち
幸せに見ていたの 彼女が消えていくのを
声優のSarah Stilesも緩急のある、ハイ&ローな演技が凄い上手くてハイテンションな登場シーンでの楽曲”Other Friend”とのギャップが凄いです。
Other Friend
What did she say about me?
What did she say?
What did you do without me?
What did you do?
Did you play games without me?
What did you play?
Did you think all this time that I wouldn't find out about you?!
彼女は私のことなんて言ってた?
何て言ってたの?
私抜きで何やってた?
何してたの?
遊んでいたの? 私抜きで?
何して遊んでいたの?
その間ずうっと 私が
気づかないとでも思ってたの?!
そしてスピネルの場面はアニメも凄い動きが良いんですよね。堀剛史さんがゲストとして参加したラストのスティーブンとのバトルシーンは正に熱い! としか言いようがない。素晴らしい躍動感と立体感、しかも緑がかった夜の色とピンク色とのコントラストが鮮やかです。
この映画見たらみんなスピネル好きになるんじゃないか、って思っちゃうくらい魅力いっぱいに描かれています!
ミュージカル : 最高の楽曲たち
テレビ映画として制作された本作は、シリーズ版と異なり、作曲家のAivi & Surasshu が制作の初期から入り、プレスコアリング(プレスコ、先に音楽を製作し、そこに映像を合わせて制作する手法)で作曲されたことにより、本編シリーズより音楽の自由度が増したそうです。その手法なら全編“ミスター・グレッグ”のような、ミュージカル映画を作れるんじゃないかとレベッカが考えたことで、本作の形が決まりました。
One big difference between the show and the movie is that our composers, aivi & surasshu, were involved from the very beginning. They were present at our first big writers meeting.weighing in on the potential style for each musical sequence.
テレビ版と映画の大きな違いの1つは、作曲家のaiviとsurasshuが最初から関わっていたことです。 2人は私たちの最初の脚本ミーティングから参加していました。各音楽シーケンスの潜在的なスタイルについて検討しました。
〜”The Art of Steven Universe The Movie” より
本作の曲はどれもクオリティが高く、全体に明るくテンポも良くて、楽曲のシーンはとても盛り上がります。本当にどれも良いんですが、個人的に好きな曲を2曲、リンク貼っておきます。1曲目、衝撃的なステッグが登場するこの曲は、歌詞も良いけどとにかくパールが歌い出すと迫力があって良い。夏の夜を思わせる映像も綺麗で、(強烈なステッグの見た目はともかく)とにかく爽やかな名曲です。
”Independent together”
(Pearl) Nothing is holding me back now
No one can push me around
What do I wanna be?
I'm the master of me
And isn't the thought enough to lift me off of the ground?
(パール) 何も私を引き留めるものはない
誰も私を押し除けることはできない
私は何がしたいの?
私の主人は私
それは私を解放するのに
十分な考えだよね?(Steg) Every step and every choice,
It's my fault, it's my thought, it's my words, it's my voice!
(ステッグ) 全ての歩みと全ての選択は
自分の失敗 自分の考え
自分の言葉 自分の声なんだ!
2曲目、ガーネットが歌う主題歌と言うべきこの曲を挙げない訳には行かないでしょう。曲の美しさだけではなく、シーンのテンション、歌詞のメッセージ性、どれをとっても本作を代表する曲です。
”True Kinda Love”
Oh, when a difficult day goes by,
Keeping it together is hard, but that's why
You've got to try,
You've got to try
ああ 困難な時期を過ぎると
一緒にいるのは難しくなる でもだからこそ
試さなければダメ•••Stuck in the middle of fear and shame,
Everybody's looking for someone to blame
Like it's a game
Like it's a game...
恐れや恥ずかしい思いをしている時
みんな批判する相手を探す
まるでゲームのよう•••
この他にもクラシックなディズニー映画("ピノキオ"や"シンデレラ")を思わせるオープニング曲"The Tale Of Steven"は、本編シリーズの象徴的な場面の背景も含めて本当に最高で、これだけで涙腺緩みます•••
既に挙げたスピネルの”Drift Away”や”Found”、スティーブンの”Change”、そしてラストの”Finale”とどれもめちゃくちゃ良いです。
逆に曲としての質が高すぎて、お休みの部分がないというか、大人しい会話、そんなに盛り上がらない場面、何でもない会話の場面(例えば冒頭のコニーとスティーブンの場面とか)も歌で表現して、もっと沢山曲が聴きたかった、というのは贅沢でしょうか。
記憶を呼び覚ますストーリー : 生まれ変わっても元の自分に戻るのか?
本作のメインとなるストーリーは度々引用している“Art of Steven Universe The Movie”よると、”ジェムが初期化されたら?” というアイデアが最初にあったそうです。
I began thinking about what happen if the Gems were restored to factory setting.
私はもしジェムズが工場出荷時の設定に戻ったらどうなるか考え始めました。
〜”The Art of Steven Universe The Movie” より
本作は記憶を失うことと、それを取り戻すことが描かれていますが、”初期化”というと、一時的な記憶喪失というより、全く記憶がない赤ん坊の状態に戻るように感じます。いわば、生まれ変わってもまた元の自分に戻るのか? というテーマです。
作中では、記憶を失ったクリスタルジェムズがスティーブンの助けによって過去を疑似体験して元の記憶を取り戻していく過程を時に滑稽に、時に感動的に描いています。そして3人だけではなく、悪役であるスピネルも記憶を失って「良い奴」になり、記憶を取り戻して「悪い奴」に戻る構成が面白いです。特にスピネルは誰かが何かを促してあげた訳ではなく、自ら元々持っていた性格によって過去を疑似体験し、元に戻ってしまう。
本性が「悪」である人間は生まれ変わっても結局、「悪人」になってしまうのか? 劇中でもスピネルのセリフにもこうあります。
When you change, you change for the better. When I change, I CHANGE FOR THE WORSE!!!
お前が変わる時はより良い奴に変わるんだろうけど、私が変わるともっと悪い奴になっちゃうんだよ!
クリスタルジェムズがどういう人物かは本編を見ている人には分かります。ですがスピネルがどういう人物なのかは分からない。暗く執着心の強いスピネルの中に善性が眠っているのかどうか、僕たちは分からないのです。
ここでハッキリさせておきたいのは、スティーブン・ユニバース本編で度々描かれているように、本作には善とか悪とかいう二元論、そして絶対的な価値観は存在しません。彼女は善でもあり悪でもある。そして良い奴が悪い奴になったのではなく、物語前半の良いスピネルも、後半の悪いスピネルも、彼女が元々持っていた特性に過ぎないのです。視聴者やスティーブンの仲間から見たとき、危害を加える者=悪という枠に当てはまる存在に変貌したに過ぎない。
彼女が攻撃的で自暴自棄になってしまったのは、受け入れられない辛い経験をして被害者意識が強くなってしまったからだと思いますが、そういう被害者意識は天から降って湧いた物、傷つけられたことで突然誕生した物ではなく、彼女の、いわば生まれ持った特性、他のジェム達が持っていた孤独な心や独立心や愛の気持ちと同じように――生まれ変わっても持ち続ける物――であることが示唆されてます。
しかし映画はスピネルに希望を与えています。彼女は自ら望み、努力し、プラスの気持ちへ変える事ができる、と言い切っています。被害者意識も元を辿れば、相手のことをとても好きになる気持ちと表裏一体であり、相手を傷つけるのではなく、大切にすることだって出来るんだ、と。とても厳しい道かもしれないけれど、出来る、と背中を押しているのです。
なぜスピネルは救済されないのか?
本作をご覧になった方の中には、ラストの展開、更に言うなら途中の展開全てに違和感を覚えた方もいるのではないでしょうか? 表題の通り、なぜ主人公のスティーブンはスピネルに手を差し伸べないのか? 突き放したのか? と。
オープニングの“The Tale of Steven”で歌われたように、彼はいつだって自分より他者を優先する人間ではなかったのか? 彼の自己犠牲精神はどこへ行ったのか?
本作の中で、彼は明確にダイヤモンド一家を疎ましく思っており、態度にもちょっと表しています。母ローズ(ピンクダイヤモンド)に対しても、テレビシリーズでは殆ど見せなかった感情、軽蔑や怒りのような感情を持っていることを示します。
"Actually, I can totally believe it. You're not the only one she hurt-"
"実際は 完全に信じられるよ。
君はママが傷つけた最後の1人じゃない--""I'm paying for stuff my Mom did that had nothing to do with me. "
"全然関係ないのに ママの代償を払わさせられてる"
スピネルに対しても”Found"の中で“You just need to find someone : 誰かを見つけるんだ”と歌い、一度握った彼女の手を離します。別の場面では彼女のことを“A Gem I barely know : 全然知らないジェム”と表現します。
そして依存的で、独占欲が強く、孤独を恐れている彼女が嫌がるだろうこと ――彼女の目の前でコニーとハグをしたり仲間や家族と談笑したりします。
結局、数々の場面が、彼は変わったことを示しているんです。
これこそ、最終回”Change Your Mind”での自己肯定の先にあるストーリーであることを示しています。あれから時が経ち、彼は自分を見つめ、自分の思っていることを以前より隠さなくなった、更に言うなら「思うように」なった、のでしょう。そして他人の問題を抱え込むことをやめたのです。
じゃあスピネルは一体誰が助けてくれるの? その問いの答えは本編中で既に出されています。
Listen to me Spinel! I understand!
After everything you've been through, you must be in a lot of pain!
スピネル聞いて!
分かったんだよ!
君が経験してきた全ての出来事によって
君が多くの苦痛を抱えてることをNo. NO! You don't understand! You can't change the way I feel!
いや 違う!
何も分かっちゃいない!
お前に私の気持ちを
変えることなんてできない!That's right! Only you can!
それが正しいよ!
それは君にしかできないんだ!
彼女自身の問題は、彼女しか解決できないと、スティーブンはスピネルに伝えるのです。そして、僕は出来た、君だって出来るよ、と付け加えます。なんて厳しく、現実的で、しかし優しいメッセージでしょうか。
彼女は最後、複雑な表情を浮かべた
最後に、スピネルがダイヤモンドに着いて故郷の星へ戻っていく場面、スティーブンの方を振り返ったスピネルは、半笑いのような複雑な笑顔を浮かべます。当然、その姿は庭園で変貌した凶悪な姿のままで、胸のハート型のジェムも逆さになったままです。起こったことはもう戻らないのです。彼女はもう理解しています。そして、その多難な前途に対する不安と期待を感じさせます。
しかし、劇中の“Change”や、ラストの“Finale”でスティーブンが歌うように、何が起こっても、どんな辛くても、未来に向かって歩いていくことができれば、いつか幸せになることは出来る、そんな明るい言葉で本作は締めくくられます。
I'll be ready every day
For as long as I can say,
Here I am in the future with my friends!
いつも心の準備をするよ
僕がこう言える限り
僕は友達と未来にいられるんだ!I can make a change!
変わり続けるって言える限り!That's why...
それが•••Happily ever after never... ends.
幸せがずっと続く•••理由なんだ
“Finale”
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