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スティーブン・ユニバース・フューチャー レビュー (後編) : 最高のエンディング

前回記事「スティーブン・ユニバース・フューチャー レビュー (前編) 」の後編です。前回記事はこちら↓
minefage21.hatenablog.com


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引用 スティーブン・ユニバース・フューチャー エンディング TM &(c) 2021 cartoon network


<目次>

父親グレッグについて

父グレッグは保守的な中流階級のデマヨ一家 (“第111-112話 ジェムの感謝祭”に従兄弟のアンディが登場します) に生まれましたが、自分が愛した音楽の道の為に、両親の反対を押し切って金も立場も学歴も捨てて、自由な生活を手に入れました。彼の学歴については、”第48話 パパの青春”で大学を中退したことを話す場面があります。

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引用 子供の頃のスティーブンにとって自由奔放なグレッグは憧れのお父さん TM &(c) 2021 cartoon network
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引用 ART & ORIGINSより グレッグの初期スケッチ TM &(c) 2021 cartoon network

その後の彼の人生遍歴は本編シリーズで断続的に回想されたように、色々な街を転々とした後にスティーブンの母となるローズ・クォーツと出会って恋に落ち、彼が生まれる街ビーチシティに落ち着きます。そして数年間の逢瀬を重ね、2人は赤ちゃんをもうけることにします。出会った当時は豊かな長髪だった髪が、スティーブンが生まれる頃にはすっかり頭頂部が禿げ上がっています•••

父グレッグがスティーブンに願ったことは、自由に生きることでした。彼の望みや行動を何も制約せず、やりたがることをやらせました。それはグレッグが子供の頃に願っても得られなかったものだったからです。しかし、彼が与えたのは自由だけではありませんでした。同時に放任でもありました。

グレッグがスティーブンの育児を放任していたことを示す描写は枚挙に暇がありません。まず第一、誰の目にも明らかな点として、そもそも「既に彼はスティーブンの育児に従事していなかったこと」が挙げられるでしょう。スティーブンを実際に親代わりに育てているのはクリスタル・ジェムズの3人です。スティーブンは3人と一緒に海辺の家に住み、身の回りの世話一式をやってもらいながら生活していました。何故かグレッグは同居しておらず、ビーチから少し離れた街中の彼の経営する洗車場に止めてあるバンの中で1人で暮らしています。

第二に、スティーブンは学校に行っていないし、14歳になるまでそもそも学校が何をする場所なのかも分かっていなかった点や、本の読み方や図書館の存在を知らなかった点など、教育の機会を十分に与えられていなかったことが描写されています。読み書きはできているのでグレッグが自宅で学習してあげたことは予想できますが、他の一般的な子供達に比べると圧倒的に機会が不足していると思わざるを得ません
そして更に本作で明らかになったように、彼は16歳になるまで一度も医者に診察して貰ったことがありませんでした。スティーブンが8歳くらいから成長が止まってしまったと訝しがっていたに関わらず、外部に判断を仰ぐことはグレッグの頭にはなかったのです。

以前、本編シリーズのレビューで述べていますが、これらのことは全てグレッグやクリスタルジェムズの3人の口を通してスティーブンに説明されるのではなく、外部の人間であるコニーの目を通して、少し変だな、ウチと違うな、という風に認識されます。あるいは僕たち視聴者から。親から子へは、そういう風に子育てしている理由は説明されないのです。だからスティーブンはコニーから驚かれても、そうなの? 家とはそんなに違うの? と感じるのみです。

その他にもスティーブン・ユニバース本編では非常に暗喩的に、家庭内の不和、親が子供に事実を隠す様子、家族内で触れてはいけない話題、子供が外部と接触することの抑制、家庭内での夫婦以外の関係の示唆など、子供の成育に悪影響を与えるような出来事や様子が数多く描写されます。それらを幼少期のスティーブンは、「普通のこと」として受け入れて過ごしてきたのです。

ここで誤解しないで頂きたいのは、作品はそんなグレッグのことを“悪”とは断罪していないこと、むしろ彼の人間的魅力や生来の気さくさ、良心にこそ注目し、描いていることを忘れないで欲しいのです。それはクリスタルジェムズの3人も同じです。彼を責めることが作品の目的ではありません。このブログでも名作として僕がたびたび引用している”第48話 パパの青春”“第61話 話し合おう”“第113話 スリージェムズ&ベビー”、あるいは”第35話 ビデオレター”で描かれたように、彼がいかに思いやりや愛に溢れた人間であるか、彼やジェムズがいかにスティーブンを愛しているか、彼とローズがいかにスティーブンの幸せを願っていたかは、もう語る必要がないほど明らかです。しかし、同時に僕が何度も書いている通り、この物語はそんな“親たち”の物語ではないのです。“子”の物語なのです。どんなに親が子を愛していても、その想いが子供にとって有益であるとは限らないという、非常にシビアな現実を描いているのです。

父親 (そして母親) との対立

ティーブンはもう、家族のことや周りのこと何もかもが「普通のこと」だった子供ではありません。コニーや周りの人達、家族の外の世界と触れてきたことで、自分達と他者の違いについては十分に感じ取れることができる青年になっています。そしてそれが、彼の自信を少し損なわせています。フューチャー第12話 『友達作り』"原題 Bismash Casual”では同世代のコニーの学校の友達に対して、学校の話題に合わせることができず恥をかいてしまう場面が描かれます。彼らにとっての「普通のこと」が分からない自分のことを変な奴だと自責してしまうのです。

しかし彼は家族であるグレッグやクリスタルジェムズの3人のことも同時に愛し、尊敬しています。子供の頃からずっと大好きだったみんなのことを、今更嫌いになんてなれる訳がありません。彼らを責めることも、“自分の家は変なんじゃないか?”なんて思うことができる訳がありません。結果、彼は不愉快な現実に対して責任を自分に求め、落ち込んでしまうのです。でも若い彼1人でその思いを永遠に抱え切ることはできないのです。彼の中で”成長”するにつれ密かに肥大化していった疑念がついに破裂してしまう姿を描いた第15話 『ミスター・ユニバース』"原題 Mr Universeこそが、本作のハイライトになります。

このエピソードで父親グレッグは息子スティーブンを初めて自分の生家に連れて行きます。と言っても両親に孫を会わせに行く訳ではなく、実家に置きっぱなしだったCDを取りに行くのが目的です。バツが悪いグレッグは目的も告げず、両親が毎年旅行に行くことを見計らって空き巣のように家に忍び込みますが、スティーブンは初めて見る祖父母の家が、上品な「普通の」家だったことに興奮します。

しかし父グレッグは自身が家族から逃げるように抜け出した実家や彼らと共に過ごした日々に触れることすら忌まわしい様子で、スティーブンの話を遮ります。そして自身が両親の姓である“デマヨ”を捨て、“ユニバース”を名乗るようになった由来を得意げに披露します。それは“ミスターユニバース”という歌から取ったというのです。その日から自分はグレッグ・ユニバースとなり、世を捨てて彷徨い、不思議な縁でローズ・クォーツ、そして息子であるスティーブンと出会うことになったのだ、と。

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引用 青春の思い出の曲を歌うグレッグと無表情のスティーブン TM &(c) 2021 cartoon network

青春を懐かしむように歌うグレッグの横で、無表情に前を見つめるスティーブンが何を思ったかは示されません。しかしオーディエンスである僕たちにこれまでに示された情報、そしてその後の激昂から、様々な思いが渦巻いていたことは予想できます。

――父親のように、家族や家、全てを捨てて出て行くことなど彼にはできない。何故なら、愛するみんなが悲しむことが分かっているから。ティーブンは家族に十分共感しているから。しかし、それをやったことを得意げに語る父親。(更にこの事実は母ローズクォーツと父グレッグの相似性を示しています)
――自分よりも遥かに長く生きているのに未だに両親と仲違いしている父親の子供っぽさ
――父が自身の、青年期の思い出や関係、友達や恋人をなかったことにしようとしている態度。そもそもスティーブンのメンタル不調のきっかけがコニーとの不仲にあることは父も知っている筈なのに、父のそんな生き方は彼にとって何の慰めにもならない。
――スティーブンが欲しかったもの:普通の少年期、普通の生活、普通の両親を持っていたのに捨ててしまったこと。彼に残しておいてくれなかったこと、それに対する妬みと怒り
――そしてそもそもの前提として、祖父母のことを隠していたこと。(ここも母親と相似していますね)

父グレッグとスティーブンの関係と対立について、監督のレベッカは下記のように語っています。

The big theme of the show is that if you’re a person who doesn’t value yourself, that will end up hurting the people around you. That’s true for Greg, too. He didn’t see how much he would be able to bring to the table for Steven.
番組の大きなテーマは、自分自身を大切にできないなら、最終的には周りの人々を傷つけることになるということです。それはグレッグにも当てはまります。彼はどれだけの選択肢をスティーブンに与えることができるか考えていませんでした。
“VALTURE : A LONG TALK Rebecca Sugar Says Good-Bye Steven Universe, By Eric Thurm”より

There’s no truly reliable narrator in “Steven Universe” or in “Steven Universe Future.” [Steven]’s not wrong [for questioning his upbringing]. Greg’s also not wrong that Steven is a Gem and there’s a lot about his childhood that couldn’t be the same as a human child.
”スティーブン・ユニバース”や”フューチャー”には、真に信頼できる語り手は存在しません。ティーブンは(父の育成に疑問を呈したことに関して)間違っていません 。グレッグもまた、スティーブンがジェムであり、彼の幼年期には人間の子供と異なることがたくさんあり得たということに関して、間違っていません。
Los Angels Times : ‘What would Steven want?’ ‘Steven Universe Future’ creator breaks down the finale by TRACY BROWN

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引用 怒りに震えるスティーブンの手 TM &(c) 2021 cartoon network

これまでの尊敬する父親、大好きな家族だった筈の父、しかしその幻想をスティーブンはもう守ることができなくなってしまったのでしょう。父との口論の中で、スティーブンが言い放つ言葉には、控えめで優しいこれまでの彼のことを思えば思うほど、その思いの激烈さに、胸が張り裂けそうな思いがします。

STEVEN : I grew up in a van! I never went to school! I had never been to the doctor until two days ago!
ティーブン : 僕はバンの中で育ったんだ! 学校にも行ってない! つい二日前まで、医者にさえ行ったことがなかったんだ!
GREG : Steven, you're a gem! You're not like other kids!
グレッグ : スティーブン、お前はジェムなんだ! 他の子供とは違うんだ!
STEVEN : I could've done all that stuff! My problem isn't that I'm a gem. My problem is, I'm an Universe!
ティーブン : 僕だって皆と同じようにできたはずだよ! 僕の問題はジェムだってことじゃない。僕の問題は、僕がユニバースだってことだ!

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引用 スマホで撮影した父親の若い頃の写真を消す TM &(c) 2021 cartoon network

子供の頃のスティーブンは周りを優先し自分の意思を抑えていましたが、青年期の彼は周囲に対して、言っても無駄と感じてる節があります。そしてやはり、最後は自分を抑えてしまいます。非常に説得力のある人格造形だと感じます。スティーブンに対して尚もアドバイスを続ける父の話をスマホ片手に聞き流し、画面に写った父親の写真を消す場面は、その象徴とも言える描写です。


父へ失望したスティーブンは、その後何日も家に帰らず、自己破壊的なジェムであるジャスパーの元へ行く様子が第16話『破片』 "原題 Fragments”で描かれます。自分の感情を抑えるなと言うジャスパーの言葉に従って怒りを発露していく内に、遂にはジャスパーのジェムを破壊してしまいます。(ジェムの破壊は、殆どジェムの死に等しいです)
憔悴しきった様子で家に戻ったスティーブンは、家族から隠れるように、浴室に籠ってジャスパーのジェムを何事もなかったかのように元通りに治療します。彼も家族に対して秘密を持ってしまったのです。この場面ではセリフでは何も表現されず、ただスティーブンの焦燥感や恐れ、罪悪感や悲しみを、表情や動き、声のトーン(相変わらずザック・カリソンの演技が素晴らしい)で恐ろしい程に活写する、白眉と言うべきシーケンスになってます。

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引用 ジャスパーを戻そうとするスティーブン TM &(c) 2021 cartoon network


成長するにつれて味わうことになった他者との違いに由来する痛み、そして歪な成育環境が与えた劣等感や無力感、それらの積み重ねによって、彼は鬱のような状態に陥ってしまいます。それでもなお自分の気持ちを偽って何事もないかのように振る舞おうとしますが(第18話 『大丈夫』"原題 Everything's Fine")、もはや彼の変調は周囲にも明らかな状態です。彼の為に集まったクリスタルジェムズの3人、父グレッグ、コニーは本当のことを話してほしいと促しますが、スティーブンは拒絶します。

It's not that easy!
;そんな簡単じゃないんだよ!
...
You think I'm so GREAT,
and I'm so MATURE,
and I always know what to do,
but THAT'S NOT TRUE!
; 僕のこと すごいって言うよね
成長したって
ちゃんとしてるって
でもそれは間違いなんだよ!

正に、スティーブン・ユニバース本編で常に描かれてきた大事なテーマ ”talking each other ; 話し合おう” の、現実での難しさ、痛みを表現しようと本作は試みます。彼は激昂しながら、今までいかに自分が自分を偽ってきたか、いかに自分が皆に隠して悪いことをしてきたのか、いかに皆が自分を誤解しているか、いかに自分が矮小な人間かを捲し立て始めます。そして自分の言葉に絶望し、家族や仲間達を拒絶して、巨大なモンスターに変身してしまうという暗喩的な展開を迎えます。(第19話 『モンスター』"原題 I am My Monster")


苦しみに対する癒し

モンスター化したスティーブンを前にして、彼の家族や仲間は為す術なく、自らの過失を嘆き始めます。”彼をこんなに追い詰めたのは自分達だ、自分がいなかったらこんなことにならなかったのに•••!”


しかしそんな仲間達に対して、コニーはこう訴えかけます。
”YES, IT IS!! ; そうだよ!!”

Yes, you hurt him, but this isn't the time to make this all about you! …
We all had Steven when we needed him, but the only person who's never had Steven is Steven!
; そうだよ、あなたは彼を傷付けた。でも今はあなた達の話をしている時ではないでしょ! (中略)
必要な時いつも彼は助けてくれた、でも彼には助けてくれるスティーブンがいないんだよ!

ティーブン・ユニバースと言う作品は、スティーブンという少年が無私の心で周りのみんなを助け、家族の幸せを願うと言うことをある種のヒロイズムとして描いた感動的な作品でした。しかし本作のエピローグであるスティーブン・ユニバース・フューチャーは、そんな無私無欲の心掛け、非人間的行為が永遠に続くことはないことと、本シリーズが描き出した様々な家族の問題が彼自身の人格形成に影響を与えていたことを改めて描き出し、そんな彼の救済には、やはり家族、友達など周囲の思いやり、手助け―― かつて本編シリーズで彼が見せていたような―― がとてつもない助けになることを描くのです。
クライマックスとなるスティーブンと周囲とのやりとりについて、レベッカ・シュガーは先に引用した本”Deepest Well” (邦題 : 小児期トラウマと戦うツール) についての説明という形で、以下のように述べています。

One of the things that really amazed me about the book was that support from parents and support from friends has unbelievable healing benefits. I wanted to showcase that. It’s physical, how much help they can do.
; この本について本当に驚いたのは、親や友人からの手助けは信じられない程の癒しの効果があるということでした。それを紹介したかったのです。(ハグなどの)身体的なことがすばらしい癒しになるんです。

A lot of the show was inspired by what I’ve been through.
;本作の多くは、私がこれまで経験したことに触発されて生み出されました。

the moments in my life where people have been there for me when I was low... the safety that you feel, knowing that someone is going to be there for you, is going to stick around, is going to help you get through something, there’s a healing effect.
;人生の中で、私が落ち込んでいるときに誰かが自分の為に居てくれること… その時に感じる安心、誰かがそばにいてくれること、待っていてくれること、やり過ごすのが手伝ってくれること、それを知っていることには癒しの効果があるんです。
“VALTURE : A LONG TALK Rebecca Sugar Says Good-Bye Steven Universe, By Eric Thurm”より


家族、仲間達はモンスター化したスティーブンを抱きしめ、彼の肌に触れ、自分達がいかに彼のことを愛しているか、理解、受容したいと思っているか、彼の味方であることを伝えます。

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引用 モンスターになったスティーブンに近づくコニー TM &(c) 2021 cartoon network

そして最後にコニーがスティーブンに近づき、彼の身体に手を重ねて、彼の苦しさ、痛みに共感していることを伝え、彼にキスをします。

you must have been so afraid to show us this side of yourself. But we're not going anywhere. We're all gonna take care of you the same way you take care of us.
You know what? I don't have your powers, but...
とても怖かったんだよね。あなたの中のこんな部分を皆に見せるのが。でも私達はどこにも行かないよ。皆、あなたを想ってるから。あなたが私達を想ってくれたように。
あのね、私にはあなたみたいな力はないけど•••

現実的で、生々しい物語の最後が、ディズニーの『眠れる森の美女 (1959年)』 や、その原作であるグリム童話まで遡るような、古典的な演出―― キスで魔法が解けると言うのは――ファンタジックでユートピア的で、とても素敵な演出だと感じました。そして同時に、スティーブンに必要だったのは魔法の癒しではなく、単に愛する人からの受容であると言う、とても優しい終わり方でもあります。


僕個人の印象としては、作り手はコニーとスティーブンの別れも構想したのではないかとも感じました。それくらい、ある時点ではスティーブンはとても自暴自棄で、コニーは頑なに描かれてるからです。


そしてまた、作品のテーマ・思想としては、スティーブン個人の問題はやはりスティーブン個人で解決しなければならないのではないか? 人生の中で受け入れ難い辛い現実が存在するのならば、それを受け入れ乗り越えるのは最後は彼自身の手でなければならないのではないか? とも思います。もっとも、最終回で実は彼がこの出来事以降、継続的にカウンセリングを受けていることが示されており、他者からの手助けがあったからとは言え、最終的な解決は、これまでと同じように彼の中で為される必要があることは示唆されています。


ただ、これは結局のところ、誰もが共感しうる象徴的な形でエンディングを迎えた本編シリーズと異なり、私小説的な、非常にパーソナルな物語であり、結局のところ、彼ら2人はお互いにとってお互いがとても大切な存在であり、それは子供時代の経験として、これまでのシリーズで周到に描かれています。第13話 『永遠の愛』"原題 Together Forever" の海岸を2人が歩くシーンにおいて、砂浜に残る2人の足跡を捉えた感動的なショットが表すように、彼らがこれまで歩んできた道程を本作はとても大切に描いています。物語のテーマの為に彼ら個人の人生を破壊することは、この作品の作者にとって最終的な選択肢にはならなかったのではないでしょうか。


そして彼らが物語のテーマを超え、彼ら自身の人生を歩み始めると言うことは、この物語が完全に個人の物語となり、我々の物語ではなくなることを意味しています
なぜなら誰にだってコニー/スティーブンがいる訳ではないからです。

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引用 海岸を歩くスティーブンとコニー。砂浜に残る足跡は彼らがこれまでの歩んできた道程を示している感動的な演出 TM &(c) 2021 cartoon network

最高のエンディング

レベッカ・シュガー自身は、本作のエンディングについて、“キャラクター(スティーブン)にプライバシーを持たせたかった”と語っています。

I really wanted the character to finally have privacy. As an audience watching the show, and as us writing it, we’re complicit in Steven feeling exposed. …
I wanted you to know that he was getting that help, and that he was taking steps to live the life he wanted to live, but I wanted him to be able to do it without the pressure of being the show’s protagonist anymore.
最終的にはキャラクターにプライバシーを持たせたかったんです。番組をオーディエンスが見るとき、私たちが話に書くとき、私たちはスティーブンが心の内をさらけ出されたと感じることに共犯してるんです。(中略)
彼が(訳註 : カウンセラーの)助けを借りていて、それが彼が生きたいと願う人生を送るために必要ではあるけれど、私はもう彼に番組の主人公としての責任のないところで生きてほしいと思っているのです。
“VALTURE : A LONG TALK Rebecca Sugar Says Good-Bye Steven Universe, By Eric Thurm”より


最終回、『旅立ち』”原題 Future”は、その前の騒動から更に数ヶ月が経過した後を描いています。スティーブンとコニーはとてもサバサバした雰囲気になっていて、2人はスティーブンの旅について計画を立てています。そしてエピソードの最後に2人のキスがとてもさりげなく描かれます。2人が交わす会話や雰囲気から、2人が既にとても強い恋愛感情で結ばれていることが示されますが、詳細は描かれません。

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引用 スティーブンの旅行の計画を立てる2人 TM &(c) 2021 cartoon network

2人はきっと、本当に色々なことが話して、違いを認識し、同じ思いもまた認識して、そして将来のことを話して、お互いの溝を少しずつ埋めていったのだと思います。やり方は違えども、かつてスティーブンの父グレッグと母ローズがやってきたように。


そして、スティーブンは家族と街から離れて暮らすことを決めました。ここまでシリーズを追ってきて本作を見届けた方なら、誰もが彼の決断を理解できるのではないかと思います。僕自身は、彼が自らの道を歩むことを決めることができたことに、単なるフィクションのキャラクターに過ぎないに関わらず、その結論に至るまでの葛藤や迷いに思いを巡らせ、非常に共感しました。そして物語が、彼の将来の幸福への希望と共に終わることに、また涙せざるをえませんでした。幸福そのものを描くのではなく、幸福への希望を描いているところこそ、僕は深く感動してしまいました。これ以上を描く必要はないと、心の底から思えるエンディングでした。


劇中でガーネットが言うように、スティーブンには本当に色々な未来の可能性があるのでしょう。なぜならそれはこれから起こることであり、もう描かれることはないからです。オーディエンスである僕たちや作り手達の中で、みんながそれぞれ想像した未来、どれも間違ってはいないのでしょう。そして彼の未来に思いを馳せる、こんな人生を歩んで欲しいという思いは、そのまま僕らオーディエンスの願望であり、希望でもあるのです。それが今の段階での僕ら自身の理想であり、夢でもあるのです。

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引用 見送る3人。過保護なお母さん達だった彼女達は、最終的にはスティーブンの自立を認め、旅立ちを祝福する TM &(c) 2021 cartoon network


この作品でスティーブンを愛したように、自分や、家族や、恋人を愛し、前に歩んでいって欲しい。そんなメッセージを感じました。


さようなら、元気でね、スティーブン!



最後に

本編の最終回 ”Change Your Mind”のラストシーンで、スティーブンがジェムズの3人に歌の形で「尊敬しなくていい」「愛さなくていい」「ただ僕を僕だと認めて欲しい」とささやかに主張しました。それに対し3人は、全てを悟ったような複雑な表情で彼の想いを受け止めたように見えました。あの時点で、もうジェムズはスティーブンが思うような「過保護で、そのくせナイーブで、世話の焼ける」お母さんたち、ではなく、彼の想いを受容できるくらい大人になっていたことは、シリーズを長く見てきたファン、もちろん僕には分かっていました。だからこそ、最終回で描かれるジェムとスティーブンとの静かなやり取りは、涙を堪えることができないくらい、僕は感動してしまいました。


ティーブン・ユニバースと言う作品は善悪ではなく陰陽的な作品であり、メインのシリーズが陽であるならフューチャーは陰であり、どちらも互いに影響しあう、物事の二面性を描いていました。彼女たちが以前よりも人間的で、思いやり深く、大人になれたのはスティーブンの優しい共感や利他性があってのことだし、そのスティーブンが思春期に鬱状態に陥ってしまったのは、そんな彼女たちとの関係が影響している。でも彼女たちが大人になれたからこそ、スティーブンの苦しみに寄り添い、共感し、助けることができたのです。


最後に、本レビューを執筆するにあたり参考にさせて頂いたレベッカ・シュガーのインタビュー記事を改めてご紹介させて頂きます。本レビューでは取り上げきれなかった作劇の意図などに関するヒントなど、英語なのでとっつき難いですが、なかなか読み応えある記事です。3誌とも言葉を変えて同じようなことを言っているので、読み比べてみると、よりレベッカ・シュガーの言外の意図についても想像が膨らむのではないかと思います。物語の理解に正解はないと思いますが、参考に・・・


VALTURE : A LONG TALK Rebecca Sugar Says Good-Bye Steven Universe, By Eric Thurm
www.vulture.com
GIZMODE : Rebecca Sugar Opens Up About How Healing from Trauma Shaped Steven Universe Future by Charles Pulliam-Moore
io9.gizmodo.com
Los Angels Times : ‘What would Steven want?’ ‘Steven Universe Future’ creator breaks down the finale by TRACY BROWN
www.latimes.com


またスティーブン・ユニバースにはアートブックが二冊も出ており、その後半である”End of an Era”は、シーズン5とスティーブン・ユニバース・フューチャーが題材になっています。クリエイターのインタビューやコンセプトアート、ストーリーボードなど作劇の裏側に関する情報が満載です。


本編シリーズ スティーブン・ユニバースのレビューはこちら
minefage21.hatenablog.com
minefage21.hatenablog.com



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